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2018年9月12日 (水)

国鉄時代の切符発見!懐かしいアナログの時代 2018年9月12日掲載

遠征に出かける予定でしたが、急用ができて急遽中止となりました。
さて、撮影に行くには思わしくない天候のため、たまには書棚整理でもしようとゴソゴソとやり始めたところ、1冊のストックブックが出てきました。
中身は46~48年前の若かりし頃に集めていた電車の切符でした。まだ民営化され、JR各社になる前の膨大な赤字を抱える「日本国有鉄道」(国鉄)時代のものです。

国鉄の赤字は日本ばかりでなく、かつてドイツ国鉄もその処理をどうするか悩んだ結果、民営化の道を選びました。駅や列車に見る”DB"のロゴこそ変わりませんが、民営化前の”DB"は"Deutsche Bundes Bahn"(ドイツ連邦鉄道)ですが、民営化後は"Deutsche Bahn"(ドイツ鉄道)となり、分社化した列車運行会社に運行を委託したり、日本の車内販売を取り入れたり、駅に様々なショップを招致して収益アップの努力をして克服したと聞いています。

では本題の国鉄切符の中から幾つかを紹介させて頂きます。
当時はまだ自動改札機などなく、改札口には改札ラッチの中に駅員がいて、乗降客の切符にハサミを入れる改札業務がありました。切符も自動販売機ではなく窓口で行先を告げると、駅員が硬券の切符を沢山並んでいる切符の中から選んで、日付を印字して販売していました。

学割乗車券 1974年1月
子供用も券面に赤の枠取りで「小」と印刷されていました。197416_2018911_dmc0001

急行券 1972年10月
安房小湊駅で発券された「勝浦」からの急行券。ゴム印で「勝浦」と訂正している何とも融通のきくアナログ時代を感じさせられます。
今では姿を消してしまった庶民の足「急行列車」。中央東線の急行「アルプス」や東海道線・伊東線・伊豆急線直通の「伊豆」などなくなってしまったもの、名前はそのままで特急列車に格上げされた常磐線の「ときわ」などがあります。直流区間用153系、165系、交流区間用455系、475系そして非電化区間用にはキハ28系、キハ58系気動車などの急行列車用車両も今では一部の気動車を除いて見ることはありません。200km_19721014_201894_dmc0002

急行列車回数乗車券 1974年4月
この回数券で自由席に乗車出来ました。定かではありませんが、11券面で10券面分の料金で、有効期間は3ヶ月間だったようです。
なお、乗車券側に「東京山手線内」と表記されていますが、現在のそれ(101Km~200Kmの区間)とは異なり、当時は1972年にそれまでの「東京電環」(東京電車環状線)が名称変更され、東京駅を起点として51Km~100Kmの区間を対象としています。1974430_201894_dmc0017

国鉄線と小田急線の通し乗車券 1973年3月
国鉄阿佐ヶ谷駅発券窓口で小田急線内の降車駅を言うと駅員が通しの乗車券を発券してくれたのです。駅員さんも正に「職人」だったのです。30_1973310_201894_dmc0011

車内発券の急行券 1973年5月
急いでいる時に運よく丁度停まっていた急行列車に飛び乗った経験は多くの方もお持ちの事でしょう。そんな時に車内で検札に来た車掌さんから発券されたのがこれです。100km_197353_201894_dmc0013

車内発券の補充券 1973年11月
この場合は前述の車内発券の急行券と同様に、乗車券のみで特急列車に飛び乗って、車内で発券された自由席特急券。
この補充券は左上にある「事由」欄にあるように様々な状況に対応できるよう考案されています。19731119_201894_dmc0019

近郊区間対応の補充券
車内で乗り越し等を精算する時の路線図入り補充券。6_201894_dmc0021

特別補充券
車内で乗り越し等の精算に利用された補充券。3_201894_dmc0020

復路用の特急・急行用グリーン券
利用開始日のゴム印が押されています。1974731_201894_dmc0008

主要駅で発券のコンピュータ化へ 1973年12月
この頃から窓口職員は顧客が記入した駅備え付けの申込用紙の内容に基づき、コンピュータ端末を操作して、列車毎の空席管理が自動化され、指定券を発券するようになりました。
この切符の右下には梅型に「ほ」のパンチによる型押しが入っています。これは上野・青森間で車内検札を受けたことがわかります。2_19731218_201894_dmc0014

旧型は縦型の券だったようです。1972年12月
繁忙期には予め何枚かの指定券を駅端末で発券して持っており、該当する顧客に販売していたようでした。窓口に行くと既に発券済みの券を受け取りました。きっとその駅の実績を確保する為に、満席になる前に数席分を発券していたのでしょう。19721217_201894_dmc0010

「東京電環」の切符 1973年11月
今となっては「東京電環」という言葉を聞いたことのない方も沢山おられることでしょう。これは1925年から開始された山手線環状運転に起因します。東京駅を起点として51Km~100Kmが対象とされ、101Km以上は「東京都区内行」と規定されていました。その後、1972年から区間は同じで、その名称を「東京電環」から「東京山手線内」に変更されました。
その懐かしい名前が載っている乗車券がこれです。
なお、現在の「東京山手線内行」は東京駅を起点として101Km~200Km区間で、201Km以上は「東京都区内行」と規定されているそうです。19731129_201894_dmc0012


塩山➡東京電環 1972年12月200km_1972122_201894_dmc0004

発着駅空欄の連絡特急・急行グリーン券 1972年7月
発駅と着駅、経由駅、有効期間、料金額が空欄になっており、必要に応じて駅名のゴム印を押印して手書きで各項目を記入して発券したものです。何ともアナログなのんびりした対面販売の雰囲気が伝わってきます。1972727_201894_dmc0022

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